くやしい、と、恥ずかしい

「くやしい」という言葉を韓国語にすると、
「분하다」とか「억울하다」という言葉になります。

ある時「もう2年近く韓国語を勉強しているのに、
ちゃんと韓国語で会話できないのが、くやしい。」
と言ったら、
「え?창피하다でしょ?」と言いなおされた。
「창피하다」の意味は「恥ずかしい」。
「恥ずかしい、んじゃなくて、くやしいの。」
「どうして?その時は恥ずかしいでしょ。」
「だって、自分ができないってことが嫌だから、
この気持ちは恥ずかしいじゃなくて、くやしいでしょ。」
「・・・???あ~!!!わかった。
韓国人は、こういう時、自分にくやしいっていう気持ちより、
人に恥ずかしい、っていう気持ちの方が大きい。
だから、この場合は、창피하다。」

・・・なるほど・・・。
まずは、人にどう思われるか、それが一番大事な韓国人。
(もちろん、度合いの程度は人によって違います。念の為。)
そうでした、そうでした。
嫌になるほどわかってたのに。

どうりで、どうでもいいところでも、
やたらと「恥ずかしい?」って聞くと思った。

こんな小さなところからも、感性の違いは明らかで、
この辺をしっかり頭に入れておかないといけないと、
改めて思う、私でした。

☆今日の韓国語☆
벌써 시간이 이렇게 댔네?
もうこんな時間?
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by alicef327 | 2006-05-29 00:15 | 韓国のはなし
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